ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー (%ad2> 200511 東風(こち)吹かば

東風(こち)吹かば

気に入らぬ 風もあろうに 柳かな

写真発見!

去年、壬生寺で行われた採燈護摩&火生三昧です。
向かって右の松明を持ってるのが私。(^^;)

今年の壬生寺の採燈護摩は4月16日(日)11:00〜だったと思います。

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観想とアクティヴ・イマジネーション

金曜の夜に仕事を終えてから、渋滞する首都高を抜け、週末は加行のためにお寺に籠もっておりました。

今回のテーマは、ユング派最強の技法と言われるアクティヴ・イマジネーション(能動的想像法)と観想の違いについて。

念誦観念の際、真言は動くのか動かすのか?
動くのであれば、アクティヴ・イマジネーションと大差ないの?
動かすのであれば、成仏したつもりの想像のお遊び?

こういう愚にも付かないことを考えています。
ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご意見をお寄せくださいませ。


Rf 1)アクティヴ・イマジネーションとは、無意識から立ち現れてくるさまざまなイメージを相手に、自我が直接的な接触を試みる技法である。たとえば、意識に浮かび上がってきたある人のイメージに話しかけてみて、相手の反応があったら、またこちらから何か働きかけてみる・・・・。集合的無意識、元型といった概念を打ち立てたユングの根幹ともいうべき技法。

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癒しの場のパワー

先々週、施設から「Aさんが、ご飯を食べさせようとしても、いらないと拒否するし、鬱ではないのか?」ということで、往診したんです。

スタッフから話を聞くと、拒否ばかりのでどうしたらいいんでしょう?と困惑気味でした。Aさんと話してみると、痴呆はないんだけど、体が以前のように自由にならないもどかしさが燻っていらっしゃるように感じました。それでスタッフに腹を立てて、介護を拒絶されているようでした。Aさんに説明をし、少しでも気分が穩やかになれば・・と、薬を処方しました。

先週初め、訪問看護に行ってもらったら、Aさんはすごく気分が良くなって食事も食べていらっしゃるとのこと。良かったな・・と思った矢先、また施設から連絡があり、Aさんがまだご飯を食べない。発疹も出てるし、この前処方された薬の副作用ではないのか?と。Aさんが拒絶されるから、Aさんの心情に近い私に、施設の看護スタッフがAさんに対する気持ちを投影してきたんですね。内心「ウルサいなぁ・・」と感じながら、Aさんもこういう気持ちだったんだろうな、と追体験してました。

と、その翌日、Aさんのご家族から連絡があり、薬のことで話を聞きたいと。ご家族が話を聞きたいとおっしゃるときは、ほとんどの場合、何か言いたいことがある、聞いて欲しいことがあるということなんです。どうも腹を立てていらっしゃる様子。さては、施設スタッフの投影に巻き込まれちゃったな・・・。やれやれです。診療が済んでから、Aさんの部屋でお会いすることを伝えてもらいましたが、どうしても別室で話したいとのこと。こういう場合、枠をしっかり保たないと、Aさんのことで話しているつもりが、その方の内的世界をぶつけられるので、後々問題になることが多いんです。だからちょっと強引だけど、Aさんのお部屋でしかお話しは出来ませんと、再度伝えてもらいました。

さて当日、Aさんの部屋を覗いてみると、まだいらっしゃってない。それで他の方の診察を済ませて、申し送りのために医務室に向かってるときに、グイと腕を捕まれました。「先生でしょ?ちょっとこっちへ!」あまりの無礼さに唖然としつつも、「申し送りをしてきますから、ちょっと待っていただけますか?」と丁寧に切り返したものの、「別室で話したいから約束の時間前に来てるのに、何だ!」とすでにケンカ腰。慇懃に話をしようとしても、言葉尻を捉えては、おたくの組織がなんだかんだと難癖を付けてこられる。さすがにキレました。「失礼ではないのですか?!私、腹が立ってます!!」と言い返し、施設の事務職員さん達が遠巻きで心配そうに見守る中、喧々囂々の口論になりました。こう言うときには、何を言ってもムダです。「約束の時間になりましたから、お部屋に行きます」と「謝れ!」と後ろで怒鳴っておられるご家族を尻目に、Aさんの部屋に向かいました。

部屋に着くと、ご家族はエレベーターを使われたのでしょう。もう部屋におられました。ベッドに横になっていらっしゃるAさんに、「いまからここで、Aさんの体のこととか気持ちのことをご説明してあげてもいいですか?」とお断りし、どうしてAさんが拒否・拒絶をされるのか、冒頭に書いた私の診立てをお話ししました。「そうですよね?」とAさんに同意を求めたとき、口論の余韻で、椅子にふんぞり返って聞いておられたご家族が、急に「自分ばかり椅子に座ってて申し訳ありません」と、床に座っている私の横にお座りになりました。「一生懸命やってくれてるのはわかってるんですけど、この施設のやり方は何か違うんじゃないか?ってずっと思ってたんです。」とはご家族の言。ご家族は、施設のスタッフの投影に巻き込まれていたんじゃなくて、訪問診療に伺っただけの私に、施設に対する憤懣を向けていらっしゃったのです。

ご家族の態度の突然の豹変に、同行したPSWは目を丸くしていました。「魔法だよ☆」と冗談めかして言いましたけど、ケアを受ける側だけでなく、ケアを提供する側も、「場(フィールド)」のパワーで癒される。Person Centered Careとはこういうものです。

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クリニック

来年から始めるクリニックの内装のことで、業者さんと話し合いをしてきました。夢が現実になるまで、あと1ヶ月とちょっと。

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無事、終わりました

天台の牙城、日光のお山内で、惠印の輪宝袈裟をつけて大千度の導師をやるのは、 すごくスリリングな時間でした。 御前さまにご迷惑をおかけしてなければいいのですが。

というか、お堂での勤行の際、あまりの寒さに白い息でメガネが曇りそうになって、経頭を取るのがタイヘンでした。瑞龍オショウ、来月はもっと冷えますよ。

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修験とチベット〜精神文化


『CDブック 修験道?その教えと秘法』のレビューで
「ゾクチェンの始祖ガラップ・ドルジェとそう変わりない時期の日本で、役行者小角によって柱源の教えが説かれたことに驚きを感じ得ない。さらに、インドで後期密教のマハームドラーが生まれたのとほぼ同時期に、理源大師聖宝尊師によって、惠印法流という霊異相承(龍樹菩薩によるゴンテル=意密の埋蔵教)が継承されたという、驚くべき符合に戦慄を禁じ得ない(時代考証はしておりませんので念のため)。」と書いた。
http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=1950311&id=242236

以下、調べ得た範囲で。。。

役行者(634〜699伊豆に流刑)
ガラップ・ドルジェ(665〜730)

弘法大師空海(774〜835)
理源大師聖宝(832〜909)
パドマサンババ(???〜???)775年サムイェー寺の建立に関与。

日本とチベット、ほぼ時期を同じくして、深遠な教えが開示された符合に驚くばかりである。

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心と現実


「成功する前にすでに成功したものを想定する」
「ネガティブな思いは、ネガティブなものを引き寄せ、
ポジティブな思いは、ポジティブなことを招き寄せる」
気の世界でも『応念即現』というようですし、
誰しもこのようなポジティヴ・シンキングの考えは、
一度は見聞きしておられると思います。

心理の分野では、自己の本能・衝動・情緒・観念・表象などを、
自己とは別個の外界の対象として認知することを
『投影』といいます。

たとえば、自分が攻撃的な感情を持っているときに、
他人が自分のことを怒っていると感じるようなことなどです。
投影とは、精神分析において自己防衛機制の一つとして、
あまりいい意味では使われませんが、
「こう思ったから実現した」というのは、
まさに一種の投影ですね。

上に挙げた例は、思念・想念、衝動・欲望が具現化する
ということに限定されてしまいますが、
日々の生活に置いて、人間関係や、周囲との関わり方もまた、
無意識の影響を受けているのです。

過去における重要な人物に向けていた感情や態度を、
現在の関係性の中で、ある人物に対して
無意識的に反復することを『転移』といいますが、
自分の内的世界・無意識が、自分を取り巻く環境や社会と
密接不可分に関わっているのです。

意識する、しないに関わらず、
私たちの心と現象は不可分であるということです。
ユング心理学では、シンクロニスティといいますよね。

ということは、現実に起きる出来事から、
私たちの無意識の状態を類推することも出来ますよね。

無意識という大海(ドリーミング)に
微かにさざ波が立ち(ドリームランド)、
そのさざ波が現実社会の荒波(コンセンサス・リアリティ)と
即応している。

ミンデルの提唱したプロセスワークのこのダイナミズムは、
すごく魅力的です。

http://www.bookclubkai.jp/interview/contents/017.html

http://jpwc.jp/PW1.html

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どこにでもいる「困った」人たち・・・

このところ、立て続けに「困ったちゃん」に遭遇してます。

もちろん、患者さんではなく、患者さんの家族なんですが・・
私にとっては患者さん以上に患者みたいに感じられます。
どこにでもいるんですよね〜、っていうか、

こういうメンタルな領域では
患者さんよりも家族の方が病んでいるから、
患者さんは患者になっちゃうのかも?

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修験究極の秘法・柱源(はしらもと)


お世話になっているお寺で、修験の究極の秘法とされる
柱源(はしらもと)法要があったので、行ってきました。

驚嘆!の一言。。。
何度参加しても、この衝撃は言葉に表せません。

受胎し、人として生まれ、生きて、そして死んでいく。
そんな生命の神秘〜存在〜の成り立ちの深奥に迫る柱源は、
生むもの・生まれるものという主客の概念を遙かに超え、
本源そのものであることの、ダイレクトな体現のようでした。

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寒かとです・・・(-,-;)


お籠もり(加行)中は、一日三座の行の前に、毎回沐浴(水垢離)をとらんばいけんとです。10月に加行に入ったときに、水垢離がちょっとツラかかな〜って感じたとです。そいけん、体ば慣らすために、シャワーの後、水浴びば続けとるとです。
ばってん、今日のごと冷える日は、さすがにキビシかとです。
夏場の水浴びみたいな滝行が懷かしかです・・・

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誰が何に困っているのか〜part2〜

結局、今日も例のご家族に振り回され。
でも夕方、じっくりとお話を聞いて、ほぼ一件落着。

難しいことはないんですよね〜。
患者さんとかその家族とかいう先入観をはずして、
もっとシンプルに考えると、すごくスッキリするのに。

たとえば・・・

自分を振った相手がすごく憎らしい。そんな愚痴を聞かされたあなたは、どうしますか?
まさか、その相手をどうこうしてやろう・・なんて考える人は、まずいないでしょう(中にはそういうヤバイ人もいるかも?)
普通なら、困ってるその人を何とかしようとしますよね。

でも、複雑に感じられるのは、振った相手が「患者さん」で、
愚痴を言ってるのが「家族」だと、役割を決めて話を聞くからです。
だからどうしても、患者さんをどうこうしようという話になる。

困ってるのは、愚痴を言ってる人。
ただそれだけなのに、兎角この世は渡りづらい・・・(-_-;)

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ヤバシ・・・・≧ε≦/

日本テレビで21:15から放送されたdreamcomplex〜「いぬのえいが」特別版〜の途中で逃げ帰ってきました。

http://www.ntv.co.jp/d-complex/

昔からいつもイヌと生活を共にしてたし、つい最近までパピを飼ってたので、ワンコとバイバイする場面では、シクシク泣いちゃってどうしようもないのです・・・。

不甲斐ないです・・・・。

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誰が何に困っているのか〜臨床の一コマ〜

(個人が特定できないよう改変しています)

クリニックに通っている患者さんの娘さんから、連絡があった。
患者さん本人がベッドの中で「バカヤロー」と大声で連呼しているとのこと。服薬については無理やり飲ませているとのこと。また「死ぬ」と言ったりするので、どこかに入院できないか?と。

対応したスタッフにこう伝えました。
大声で悔しさや憤りを吐露しているだけ、あるいは前途を悲観しているだけでは、入院適応にはならないと思いますが、いかがでしょう?
どうして、大声で叫んだり、死ぬと言ったりしてるんでしょうね?と。

先々週から、このご家庭の問題について、何度も話し合いをしてたので、この一言で、スタッフもわかったようです。

この患者さんの家庭はちょっと複雑で、患者さんも未婚で、結婚されていない次女さんとの二人暮らし。受診経緯は娘さんがキーパーソンとして、クリニックに同伴されたのですが、患者さんは看護師の経験もある、節度のある女性という印象でした。年齢的に多少の認知症とアレキシサイミアをベースにした抑鬱感が主訴で、認知症と言っても、多少の物忘れ程度で、年齢相応。問題はむしろ、同居している娘(次女)さんとの関係のようでした。

実は、先々週も娘さんからクリニックに、最近、おかしいから長谷川式(痴呆の評価テスト)をやってもらえないか?という電話があったのです。でも今年になって、2度も長谷川式テストをやってます。ところが患者さんはかつて看護師の経験があるので、どういうものかよくご存じなのです。だから答えもそらで言えます。認知症も軽いし、憶えておられるので、認知症の評価にはならないし、一般身体科のように血液検査代わりになるものではないとその時は説明しました。

すると先週、娘さんからクリニックに手紙が届いたのです。中には、患者さんとどういうやりとりをして、こういうことを言ったりするからヘンだとか、うちの中はこんなふうに足の踏み場もないくらい散らかしてるという証拠写真、それから嫁いでいる長女宅にかけてきた留守番電話の録音テープが同封されていました。

よく見ると写真に映っているカレンダーは、まだ7月。夏頃にはそういうことがあったのでうちのクリニックを紹介されたのですが、定期的に訪問した保健所職員から情報は受けているので、はは〜ん☆とピンときました。

看護師に訪問してもらうと、患者さんはいつもと同じように冷静だったそうです。むしろヒステリックに対応する娘さんに奇異な印象を受けたと報告してくれました。

誰が何に困っているのか?

患者さんはまだ娘さんを抱えている。でも娘さんは患者さんを抱えられなくなっている。精神科の臨床の場では、こんな家族力動まで踏み込まざるを得ない時もしばしば。腰据えて向き合うしかないですね。

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心の世界

 朝から『ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践』の書評を書いてて、長々と『藪の中』を引用してるときから、今日一日の気分が決まっちゃいました。

 以前は介護療養型の病院で痴呆老人病棟と担当していたんですが、胸が痛むことが多かったので辞めちゃったんです。これからは収容型の介護ではなくて、家庭や地域で抱えるスタイルの介護が主流になるべきだと思って。それで今は週に2日、訪問診療に出ているんです。家庭という生活の場に足を踏み入れることで、痴呆のお年寄りが生きていらっしゃる心的現実の世界に飛び込むような印象を持つんです。

私たちが社会規範とか常識とか、こっち側の理論を持ち込んでも、お年寄りの心的現実の中では通用しないんです。その葛藤が痴呆老人の問題行動に繋がったりします。痴呆が問題なのではなく、痴呆という心的現実とどうやってナラティブを紡いでいくか?ってことが、すごく大切なんです。

そんなことをツラツラ考えながら、今度はスピリチュアル・ケア関係の書評を書こうかな?と目論んでます。だけど、マニアックな専門書ばかりになっちゃうので、一般ウケはしないかもしれません。期待された方がいらしゃったらゴメンなさい。

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教育分析

月に一度、自分自身がクライアントになって、スーパーバイザーと向き合う日。今日は日曜のためか、隣のTBSの工事もお休みで、面接室はゆったりした静寂の中。以前みたいに鬱っぽくなることもなく、心象の世界に遊んできた。

昨日、友人のくまどんと飮みに行った影響で、多少眠い。天気のいい日曜の午後、車を飛ばして等々力不動の護摩法要へ。大声でお経を唱えていると、何だかスッキリした。

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