ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー (%ad2> 仏教 東風(こち)吹かば

東風(こち)吹かば

気に入らぬ 風もあろうに 柳かな

上醍醐・准胝観音堂焼失!!!





理源大師聖宝尊師が刻んだと伝えられる准胝観音を奉安する
醍醐寺でも最も古い伽藍の1つでもある
准胝観音堂が落雷(?)が原因で焼失!

何度か登拝したことがあるし、御尊像も念誦儀軌もいただいたことがあり
個人的にすごく好きな場所でもあっただけに、非常に残念(泣)。


もぅ准胝観音はお下りにならないのであろうか。


(写真は醍醐寺のページから)




別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

元三大師百籤








以前に働いていた福岡の病院からオファーがあって
どうしようか悩んでいることを師匠に相談した。

「御籤を摂ってみませんか?」と師匠。
Y行者さんがさっそく拝んでくれた。


第五十五 吉

雲散じて月重ねて明らかなり
天書(てんしょ)誌誠(しせい)を得たり
然も阻滞(そたい)多しと雖(いへど)も
花發(ひらい)て再び重榮(ちょうえい)す

此の御籤は天の明らかにして月星其所に位し
亂(みだ)れざる象(かたち)に法(のっと)り・・・云々
(中略)
障りある事を示す
是(これ)君子は安きに居て危うきを忘れざるなり
此(かく)のごとく心得たる人はたとへ少しの阻滞(さわり)ありても
花の再び榮ふごとく吉事あらんとなり
たいていの人には凶としるべし


う〜ん、「天書誌誠を得たり」とか「天の明らかにして月星其所に位し
亂れざる象に法り」っていう象意は、行くべき運命ということなんだろうな。
それにしても、「阻滞多しと雖も」とか「たとへ少しの阻滞(さわり)ありても」とか、
多かったり少なかったりだけど、障碍は必須なんだろう。
だから「たいていの人には凶と知るべし」と言うように
またしても、波瀾万丈の人生が待っているんだろうね。

「安きに居て危うきを忘れざるなり」というのは
覚悟が試されますよという事なんだろう。
つまり、困難を受け入れる覚悟が出来ていればどうぞということなんだろうな。




別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

怨念と祟りと心理相談





先日、こんな相談を受けた。
交際相手(B君)の度重なる裏切りに心を痛めて
別れようと思ったけど踏ん切りがつかなかったAさんは、
友人から紹介されたある霊能者の処に相談に行ったところ、
霊能者はAさんを見るなり顔を曇らせて、こういう事を言われたそうだ。


B君の生家は元々地主だったが、何代か前のご先祖が欲に走り、
借地人を追い出した上、土地を広げようと
近くにあった祠を壊してしまった。
このままではあぶない。
B君のご先祖を恨んでいる人達の怨念と
壊された祠に祀られていた神様の祟りが一緒になって
今まで関わったことがないくらい強力な怨念の塊が
B君を通じてあなたのうちにも集まっている。
B君の家も、B君自身も無事ではないはず。
七代続く祟りだから、家長はまっとうな死に方をしない。
B君とスッパリ縁を切るか、さもないとあなたの家族が次々と命を落とす、と。
こういう強い怨念の塊は関わったことがないので、
どうしたらよいか上の神様に聞いてみるので、何日か経ってから連絡をして欲しい、と。


Aさんはビックリしたそうだ。

B君の家系は代々男性が短命か不幸に見舞われるそうで、
父親も事業に失敗して行方知れず。
おまけに敷地内に祠の跡だけが残っていると。
振り返ってみると、B君の裏切りも
何人もの友人が目撃しているにもかかわらず、
本人は絶対にないと否定する。
しかも、口論の途中で辻褄の合わないことを言ったかと思えば
フッと前言を翻し、本当に記憶がない様子。
霊能者から言われたことを考えると、
まんざら当たってないわけではないのでコワイと。

なぜ医者の私に相談?という疑問もあったが、
とりあえずは解釈を考えてみた。

B君に嫁ぐということは、Aさん自身もB家の因縁を背負う事になるはず。
それで幾ばくかの影響がAさんの実家に及ぶということも考えられなくもない。
しかし交際段階で、そこまでの七人ミサキみたいな怨念が及ぶのか?
B君と別れられないAさんはもしかするとB家から呼ばれているのか?

話を聞きながら自然と心易を立てていた。


兌下離上 二爻変


あ〜、そんなことか。
とりあえず、Aさんから霊能者に伝言をしてもらうことにした。

怨念かどうか、その障碍がAさんに来る必然性はわからないが、
もしそうだとすれば、B家と借地人をつなぐ
壊された祠に祀られていた神様の供養を通じて
怨念を解消するしかないのではないか。

神祇は般若の法味を喜ばれるので、理趣分転読で供養して、
怨念は光明真言法で解消するしかないと思う。
加えて、Aさんに累が及ばないようにするにはAさん宅の結界、
Aさん家族各人の祓いには般若心経の写経と、
神様を供養した理趣分加持で大丈夫ではないか、と。


さて、どういう返事がかえってくるやら。

というよりも、こういう事を通じて
Aさん自身がB君との関係という現実と向き合えればよいのだが。



別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟とす






「護国寺のチベット仏教の祈りに通ってます」と
患者さんが小冊子を見せてくれた。

手にした途端、懐かしいイメージが戻ってきた。



・・・オィゲン・ユルギィ・ヌプチャム・ツァム・・・
・・・ペマ・ケ・セラ・ドゥン・ポゥ・ラ・・・



文字を目で追いながら、自然と口ずさんでしまう。

「先生、読めるんですか?!」

患者さんがポカーンとした顔で驚いている。


10年以上前、メルボルンに住んでいた時、
ほとんど毎日のようにチベット仏教のセンターに通っていた。

ソギャル・リンポチェのリクパ、ナムカイ・ノルブ・リンポチェの
ゾクチェン・コミュニティ、それからラマ・オレ・ナイダルの
ダイアモンド・ウェイ・ブッディズム・センター。
休みの日は、近くにあった、ラマ・イェシ、ラマ・ゾパは創設した
ターラー・インスティテュートで瞑想をさせてもらったり。。。

ニンマ派、カルマ・カギュ派、ゲルク派、それからゾクチェンと
宗派にとらわれずに前行と瞑想を平行してやっていたので、
前行や祈願の章句と各派特有のメロディは、いまでも身体に染みついている。


脳裏にリンポチェのお姿と
振り鳴らされるダマルとディルブの音が蘇る。


あぁ、菩提心の因を植えるとおっしゃっていた。


「お祈りすると落ち着くんです」

患者さんの聲でふっと我に返る。


伝授していただいた菩提心が
細かく震えていた。



別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

辟除(“へきじょ”あるいは“びゃくじょ”)






辟除とは障碍(しょうげ)をはらうこと。

辟除の仕方は、拍掌(はくしょう)であったり、
弾指(たんじ)であったり。

とっさの時には九字を切れないし、拍掌も目立つので、
先達の行者さんから教えていただいた弾指を使うことが多い。
入堂作法や撥遣(はっけん)でも弾指を使う。



小田悦代さんが『宗教民俗研究』という雑誌に
『病気治療における「解縛」と「辟除」
―異常な状態を終結させる呪術に関する一考察―』という
興味深い小論を書いておられた。

「縛」には大きく分けて、実体ある身体を拘束する「縛」と、
邪気などの病気原因である霊的存在を拘束する「縛」の
二種類があって、「辟除」とは、「解縛」後に
病因となった霊的存在を追い払うことである。
修法の際、「辟除」をした後「結界」し、
本尊を迎える清浄な空間を構築する。
つまり「辟除」とは、
霊的存在を「縛」した場合の呪術にのみ有効なのである。



師匠から抜き加持(抜取り加持)のコツを、
抜く時は、逆・般若波羅密多(実体と観想)し、
撥遣する時は、般若波羅密多(空性)に住すると教わった。

実は、加行に入ったばかりの時
施餓鬼の後、撥遣の観想が充分でなく、餓鬼が憑いてきたり
抜き加持の時に、実体化した邪気がキモチ悪く
どうしたらよいのか相談したところ、
師匠も見るに見かねられたのか、金剛般若経の読誦と
上記のコツを教えていただいた。

先達行者さんは、息吹で撥遣されているが、
私は息吹の後、弾指を行う。


街中で、あるいは診療の場で、
「!!」と感じた時(すでに実体として感知されている)
とっさに小三鈷印で加持し、吽・弾指で辟除する。


時々やっていると、師匠がいつもおっしゃる言葉がよみがえってくる。

「観想に距離なんか関係ありません」

「修験は瞬間芸ですから」

確かに修験はゾクチェンと同じで
一足飛びに心の本質に到達する教えであると思う。






別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

御修法

pic33a03_convert_20080521061922.jpg


30_convert_20080521062016.jpg



週末から月曜まで山王院で厳修された七座の御修法と
柴燈護摩の承仕と式衆として出仕してきました。

今回は大壇、護摩壇、聖天壇、毘沙門天壇、十二天壇の
五壇の大法だったので、供物や六器の準備、香盛りがタイヘンでした。

修法中は咒頭の補佐として、
大導師の作法を見ていなければならなかったけど
2時間のあいだ延々と続く真言念誦は眠気との戦いでした。
意識が遠のくと、幻覚が見えたりして。。。

一日三座の修法が終わった夜中に神供作法を行い
修法道場に入れなかった眷属や実類の御供養をやって
ようやく一段落。
次の日は修法の始まる2時間前の午前3時に起きてまた準備。

御修法は平日を挟んだので、通しで出仕できる行者さんは少なく
入れ替わり立ち替わりでお手伝いをしていただいたお蔭で
私はぶっ通しで七座すべてに出仕させていただきました。

そのせいか、娑婆に戻ってからも真言が頭の中でリフレインしてます。


別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ひさびさにチベットの声明





2ヶ月ほど前、「クンサン・モンラム」を調べていて

見つけたサイトがあります。



チベットの声明のCDを出している会社で

アマナマナ


サンプルCDをいただきましたが、すばらしい!!!


是非、聴いてみて下さい。





別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ついに結願しました!








ゴールデンウィーク前から11日間潔斎籠山し

延8日間廿一座の護摩加行と

その後3日間七座の極檀護摩を修してきました。


産土の感応影向もあり、3年3ヶ月かかった加行も

護摩加行で無魔成満することが出来ました。


結願の日と極檀護摩の散念誦の最中に

同じ蝶が腕に留まるなどの徴があり

また極壇護摩の結願日は理源大師聖寶尊師の御命日と重なり

法に護られている事を実感できた11日間でした。


合掌



別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

無怖畏



紫雲山壬生寺で円仁まつりのイベントとして

採灯護摩&火生三昧に出仕してきました。


火が熱いのは当たり前だけど、

一般参詣者の火渡りの介助をしていると

自分が火傷するかも?とか熱いとかの気持ちは

どこかにすっ飛んでしまいます。


後で師匠がおっしゃってました。

「普通の人は火ばかり見ちゃうからねぇ」と。


なるほど、行者は火も見るけれど、

燃えていない部分を見てますね。

だから「熱かったらどうしよう・・・」という

認知行動療法でいうスキーマ(認知の歪み)が生じにくく

熱いのは当たり前、じゃあどうやって渡るか?という

自然な認知が生まれるのかもしれません。


この模様はとちぎテレビのニュースで放映されました。


別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

三密加持すれば速疾に顕わる






しばらく前からかなり困ってたことがあって

今週初めにあまりにも不義理と思われる出来事があったので

やむを得ずプチ調伏をやってみました。




調伏と言っても大がかりな事ではなく

阿毘遮魯迦(アビシャロキャ)の真言を唱えただけですけど。



月曜から始めて4日目。

先方から連絡がありました。

表向きは別の用件だったのですが

不義理に対する詫びだったのです。



彼らが扇底迦(センジキャ)でありますように。


合掌




別窓 | 仏教 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
| 東風(こち)吹かば | NEXT